noteに載せたもの

挫・人間の大事な大事な1日3回公演、絶対に俺なりの可愛い格好で行くぞ…と気合を込め、京都から露天商のようなパックパックにロリータ服とメイド服とパニエと赤いキャップとぼろのバットとダブルスキップサンドetcをぶち込みJRの快速で10時間かけて東京に出向いたら、鬼のフリフリを着ているのは私だけだった。このような空回り方、いままでもたくさんしてきたし、これからもたくさんしていくのだろうなと思った。そんな私が今のところかなり大好きです。この導入から察しはつくと思いますが、この記事は私の話しかしません、そんな私が今のところかなり大好きだから…すみません…いとしい人よ…。

挫・人間の花びら三回転、本当に本当に、良いライブだった。あまりにもよいライブだったし、人間ってこんなに泣くんだってくらい泣いてしまった。

思えば前回の記事から一年半が経っていた。一年半の間にいろいろあった。音楽の趣味・BLの趣味・リョナラーという奇跡的な共通点がある女の子を好きになり、告白などをするも「重すぎる」「自分を好きになられるのは気持ち悪い」「尊敬できない相手に特別な感情を抱かれたくない」と言われた挙句音信不通になったり、音信不通になった同時期に仲良くなり始めた友人があまりにも優しすぎて好きになりかけその旨を本人にも伝えるが「君はそういうのじゃない」とフラれたり、その一か月後にご飯に行った女に「実はその子と付き合っている」と最悪の告白をされて錯乱し社会性と破滅願望が同時に出た挙句、なぜか泣き出した女を延々慰めながら手に根性焼きをしたあとそのまま女の家に泊まったり、一周して滅茶苦茶躁になってその勢いのままコンセプトキャバクラで働きだして下から三番目の成績をたたき出して完全なお荷物になったり、本当にいろいろあった。インターネットにこういうことを子細に書くのはよくない気がするが、露悪的でないとすっきりしないんです、こうやって友達の枠がどんどん小さくなっていっています。ブラッシュアップと呼んでいます。その都度その都度わたしは6年前にインターネットで知り合った女版ホモソの友人や挫・人間の音楽に救われていて、前述の女の家に向かう最中、女をイヤホンで遮って恋の奴隷のPVを爆音で見た。私が都営新宿線を止めずに済んだのは、一重に挫・人間のおかげです。恋の奴隷が発表された時期も、好きになった女の子と音信不通になったばかりのときで、歌詞のひとつひとつが私のために書かれたような気がして仕方なく(そんなわけはけっしてないのだけれど)、大学に向かうバスのなかでしゃくりあげながら泣いていた。高校受験、不登校、高校中退、鬼の失恋ラッシュ、あり得ない躁、どんなときも挫・人間は私のそばにいて、私の気持ちを歌っていてくれるようだった。そんな挫・人間の一日三回ワンマン、ただの一ファンでありながらも、気合が入らないわけがなく、冒頭のような行動を取ったりもした。

大好きなちんちん大臣から始まった女子限定ライブ。メイド服の胸に開いた♡の枠からのぞくクジラックス作画の下川くんがなんとも誇らしく思えた。久々にちんちん大臣に謝罪が出来た喜びを胸に挫・人間のライブを楽しんだ。途中、下川くんが「男子―!」「女子―!」「それ以外―!」と叫び、それ以外、で返事をした人々に「俺、お前らのこと一生かけて守るよ…」と言っていた。性自認に関してはストレートであるので、私は意気揚々と女子で声を挙げたが、挫・人間のこういうところが本当に好きだな…としみじみ感じた。笑い声が起きていたが、全く笑う気になれなかった。私は処女膜のある側の人間なので、処女膜から声が出ていたことを祈るしかない。アンコールの下川最強伝説では、この日にサポートドラムをやめる菅大智(以下菅様)への除霊と、昨日失恋したばかりの観客に向けての除霊が行われた。挫・人間のために、下川くんのために、観客の女性のために除霊が行われるこのスピリチュアル的空間は、とても良いものだと思った。私も私に向けて、中学時代から6年間好きだった男とプラスアルファに向けての除霊を行った。ちょうど、ライブが始まる前に、老若男女公演に来るはずだった、前述のあまりにも優しすぎてすきになりかけた友人から「体調不良で行けない」という連絡が来たばかりだった。友人は翌日外出していた。正直で良いと思った。

新宿の立ち並ぶビルの陰で人知れず着替えを済ませ、ロリータ服のままマクドナルドに行き、外人に指をさされ、新大久保のギャルたちに笑われながら散歩などをして老若男女公演の開場を待った。その間に信頼できるオタクへのチケット譲渡も決まり、笑顔で30分前に到着したら誰もいなかった。仕方ないので好きなトラックメイカーのmixテープを聞きながら小踊りして待機をしていたら、どんどん人が集まってきた。パニエを穿いたでかすぎる直径のスカートはさすがに邪魔すぎたな…と2列目ほどに立ちながら考える。最前列付近はよく拝見するお顔の方が多く、にぎわっていたが、人と交流するのが極端に苦手かつ、特段好きなものを共有できない私は開演10分前までイヤホンで耳にふたをして無言でツイッターをしていた。私自身は美学と感じているこの行為もはたから見れば滅茶苦茶浮いているかわいそうなオタクだが、そんな尖りきった万年思春期オタクにも優しく接してくださる方もいて、聖母のようだな…と感じる。そんな聖母と隣同士でこの公演を見れたことはとても良かったと思う。

挫・人間が登場して一曲目、テクノ番長から始まった最終回転。タッタカタッタカタッタカタッタカ…というリズムとサンプリングされたライディーンのイントロが織りなすテクノ番長の来襲に、脳内のアドレナリンは止まることがなかった。周囲をチラリと見ると一心不乱に振り付けをするもの、しないもの、様々な人たちがいて、それもまたよかった。そこから「人を信じたらよくないんです」と叫ぶよくないんです、「学校もやめてもっと抱きしめて幸せになるの」とキャワいく歌うおにいちゃんだぁいすき、「騙されたなら品がねぇ」と歌う品がねぇ萎えに次々と…っておい!!!!!

おい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!1!!!!!!!!!!11111挫・人間、私の近況が見えているのか!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!11?????????????????????????????

いきなり大声を出してしまった。

しかし本当に誇張抜きにそう思った。というか、品がねぇ萎えの「優しいやつはヤバい性癖を持っている~騙されたなら 品がねぇ」の一連の歌詞が私はとんでもなく大好きで(なぜなら本当にそうだから)、気づいたらメチャクチャ泣いていた。

そこからは天使と人工衛星、多重星、ハヤオ、タマミちゃん(!!!)と続き、私の涙腺はもうボロボロ、フリフリのロリータと汗や涙でぐちゃぐちゃのテクスチャーが共存するクリーチャーを新宿の地下に爆誕させていた。言わずもがな最高のラブソングである天使と人工衛星で泣き、甘えることを拒否られて信頼できる人間にすら構えてしまうような私に多重星の「引くほど甘えたかったよ できない」の歌詞がさらに追い打ちをかけ、まさかのハヤオ、タマミちゃんの連鎖にもうただひたすら嗚咽をあげて泣くのみの人間になってしまった。意味がわかると思えないから、理解しなくていいし、大好きなあなたをもっと悲しませたいだけなんです、私も。でも引くほど甘えたかったし、生きていくのならあなたのためって言ってみたい。片思いも実らず、片思いから学んで人に気持ちを伝えたらメチャクチャなことを言われたり、ギリギリの面で社会性と破滅願望が全部出てよくわからなくなったり、もう恋愛が本当にできなくなってしまった私は、そもそもリビドーがなにかわからないから、果てに性交渉も見えない。そのせいで1を伝えて100を理解してくれる女版ホモソの友人への執着がひどい。他人の恋愛を無差別に見ながら「自分には絶対にできないこと」「純粋に気持ちの悪いリビドーの絡むこと」という嫌悪感を肴に夜通し泣いたりしている。最低な気持ちになってさめざめ泣くだけの生産性のない行為はなかなか気持ちいいものである。挫・人間に私の近況は絶対見えてないし、私のことなんて絶対に知らないけど、なぜだかいつもなにもかも見透かされているし、いつだって私の辛さ・かなしさ・寂しさ・嫉妬・重さなどをぎゅっとして離さない。挫・人間が挫・人間でいてくれる限り、絶対についていきたいし、これからもバンドを続けていくと彼らが言うたび、私の延命治療は施される。

アンコールで、菅様への言及があった。菅様が脱退するのは本当に本当に悲しい。年長者でありながら、サポートメンバーでありながら、メタモるではスティックの代わりにキンブレを振りかざし、人一倍キレの良いダンスを見せる菅様。下川くんと夏目さんの掛け合いを神妙な面持ちで聞く菅様。何度も聞いたであろうH&Mの話をしっかりとうなずきながら聞く菅様、アベさんとアイコンタクトをしながらリズム隊の圧倒的なスキルを見せつける菅様…。そして何より、卓越したドラミングで挫・人間の音楽的な土台を完璧に築き上げていた菅様がいなくなってしまうのは、隅っコとしても大きい喪失だ。今ですらまったく実感はないし、サポートドラムと言えど、いつか本加入して、変わらずステージの一番後ろから見守ってくれるのではないかとすら思っていた。「生きていればいつか会えますよ」と語る菅様の言葉にまた泣いてしまった。生きていればいつか会える。人生における別れの悲しさに対する、唯一の薬のような言葉だ。いつかまた菅様が美しいロングヘアを振り乱し演奏する姿を見に行こう。私も菅様も、まだ生きている。とても尊いことである。

そんなこんなで泣いたまま見る「笑いあうために」は、もはや私の涙を促進するエネルギーになるばかりであった。身体全体が感情になったのか!?と思うほど、五感全てがよりあかるく私に降り注いでくる。「最後の曲です!」とのアナウンスもあり、会場全体でコーラスをした後、幸せな雰囲気のままメンバーも楽器を下ろして解散…と思いきや、爆音のギターやひずんだベース、暴れるドラムが鳴り響く、おいちょっとまて、この曲はまさか……

「もしも私にお金があったら、すぐにあなたを孕ませたでしょう」
「もしも私が神様だったら、君も僕を愛すでしょう」

助けてくれ、とさえ思った。一転して暴力的なパンクサウンド、押し寄せる熱気に、過呼吸になりながら泣いた。この曲と共にどれだけ辛い夜を過ごしたか、私はもはや数えてすらいない。とどめを刺されたようだった。あまりにも効きすぎたのだ。笑いあうために で、「プレイステーションをやってく夢は叶わない」と初めて聞いた時、私は一種の寂しさのようなものも覚えた。そうか、もうあの頃の下川くんはいないのか…と。苺苺苺苺苺のときの下川くん自身へのアンサーソングのような気もして、ひとりでに悲しくなったりもした。変わりゆくことは世の常だね、正解はまだわからないね。でもそれはただの杞憂だったと一瞬で感じた。あの頃の下川くんは、まだ下川くんのなかに生きている、ような気がした。その答えは下川くんにしかわからないと思うけど、「死ね」「消えろ」と叫ぶ下川くんが、笑いあうためにで楽しげに歌うその姿と同じくらい美しかったのだ。あの瞬間はずっと私の脳に、死ぬまで、残っているだろう。

そのあと会場内で合流した信頼できるオタクに励まされ泣き止んだ私は、キャッチを横目に新宿の中華料理屋へ行き、0時近くまで早口で喋りながら料理をつまんだ。ライブの感想はそこそこに置かれた身の辛さについてずっと話していた。さっき散々泣いたけど、やっぱり恋人いらねぇな、と思った。嘘だよカス、期待しないで…。

また挫・人間の話をしようとして自分の話をしてしまった。ここの記事のなかに出てきた方、もしこの記事読んだらぜひ、怒ってください、対応などをします…。